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Lizerdia-リザーディア-

巨人と小人関連のイラスト、小説等を扱うブログです。

練習しましょう

1話完結


「逃げるなよ?折角綺麗にしたのに汚れてはたまらない」
「っ、いや」
「嫌といっても、それは叶わないからな……覚悟を決めろ」

指先で逃げようとする動きを抑えて、指先でつまみあげる。

「は、離して!私は、食べ物じゃない!」

「さぁて、それを決めるのはお前じゃない……それに俺はお前みたいな小人を踊り食いするのが好きだからな」

「ヒッ…!?」

わき腹を摘まれ、巨大な青年の眼前まで持ち上げられた小さい少女は、目の前で艶かしく唇から出た舌がその唇を軽く舐めたのを見て。
小さく悲鳴を口から漏らして身をよじる。
しかしそんな抵抗もむなしく、唇に身体を寄せられ、目の前でその巨大な口が開き。
真っ赤な口内で、糸を引く唾液を見て目を見開き、悲鳴を上げるがそれは、口の中に押し込まれるように巨大な口腔に入れられれば消えてしまう。






そこで。






「はいカット!カットー!!今日の撮影は終了!!」


そんな声が響いて、少女を口に放り込んだ彼は瞳をそちらに向けてから、片手で口元を覆い、俯いて口を開く。

ボトリと口内の少女が手に落ちたのを顔を軽く離して確認し、ウェットティッシュで身体を軽く拭ってやる。

「大丈夫?気分悪かったら言ってほしい」

「なんとか……大丈夫」

「一応念入りに口臭ケアとかしてたんだけど。気になったなら教えてくれると個人的に助かる」

スタッフが用意した簡単な風呂代わりの湯を張ったマグカップを持ってくれば、彼は彼女をテーブルに降ろしてその場を去る。
彼女は、同じ大きさのスタッフが用意してくれた衝立などを利用して、その場で軽く彼の唾液を流し取るのだった。

















「監督、口の中まで撮るって本気ですか?!」

「本気本気!そのほうが迫力あるでしょ!」
「俺はアイツをあれ以上口の中に入れる気ありませんよ!?」
「えー、だって君たちもっと濃厚なのしてるでしょ?種族間超えて付き合ってるって取り上げられてたよね?」

「ッ! そ、れは」

楽屋で台本を読み返し、次の撮影のシーンを見て彼が監督に詰め寄る。
言い返された言葉に彼が顔を赤くして言葉を濁すと、監督は楽しそうに笑ってその肩を叩いた。

「大丈夫!飲み込んでもすぐに吐き出させてあげるから」

「そういう問題じゃないんですがね!!」

言い争いをしている二人になんだなんだと共演者や他のスタッフが集まりだす。
そこに。

「ヴェンス、何してるの?」
「リジー!お前からも拒否しろ!お前またオレの口に突っ込まれるぞ!」
「……あー、そうらしいよねぇ」

監督の机の一部にくっついている階段から上ってきた、彼の口に突っ込まれていた少女が来て暢気に答える。

「何暢気に返事してるんだ……?事の重大さ分かってるか……?」

ズイッと顔を近づけて凄む彼、ヴェンスにクスクスと笑って、少女はその鼻先を撫でる。

「いいよ?誤嚥しても。
 そのまま一部になるのも素敵かなぁ……?」

「俺はカニバリズムなんて持ち合わせてないんだよ!
 それよりも、おいリジー!カメラで中に入ってるところ撮るって!撮るって!!」

「大丈夫、虫歯一つない綺麗な歯だったから、映っても問題ないと思うよ?」

「俺じゃなくて!俺の問題じゃなくて……!!!」

「おいおいリジーナも監督もあんまりそいつからかわないでくださいよー?」
「へたれなんだから」

「ヘタレ言うな!!!」

落ち着かない言い争い、そんな中精神的に疲弊していくヴェンスを見かねて、彼の同期の俳優達が言葉を投げ、それにヴェンスが目を見開いてそちら

を見て反論する。

「あぁ、もういい!!リジー、支度!帰り支度は!?」
「荷物も持ってきてるし、終わってるよ?」
「じゃぁ帰るぞ!さっさと帰るぞ!!」

顔を離し、両手で包み込むように言いながら己の楽屋に行って、荷物を取ればそのまま帰宅する。
彼らは異種族が多大に入り乱れるこの世界で、俳優、女優としてメディアに出ている有名人であり、付き合っていて。
同棲、しているのであった。






その後、自宅に戻り着替えやら食事やらを終えてゆったりとリビングでくつろいでいるときに。
ふと、リジーナは彼の上着を掴んで引っ張る。
それに軽く瞳を瞬かせて雑誌から視線を外し、雑誌を置いてヴェンスはリジーナを見下ろして、小首をかしげる。

「ねぇ、ヴェンス。どうしてあんなに嫌がったの?」
「そりゃ嫌がるだろ……!だって……!だって!!」

彼の行動の後に口を開いたリジーナの問いに、ヴェンスは顔をしかめて頭を抱える感じでテーブルに額を落とし、その動きに彼の足の上に乗っていた彼女は、服を掴んで登り、肩口から降りて顔の横へ移動する。
覗き込んだ彼は不機嫌そうで、どこか不安そうな顔をしていた。

「だって?」

「お前、濡れるわけじゃん……肌着、肌にくっつくし、俺の唾液だから、その……ローションまみれ、みたいで」

エロくなるじゃん、と。
手を頭から外して、片手を彼女の後ろにおいて。
顔に引き寄せるように背中を押して、頬に押し付けるようにする。

「私のそんな姿、見られたくないんだ……?」

「俺だけ見てればいいだろ!?そういうの!そ、それに俺も……へんなことしちゃうかも、だし」

顔を少し赤らめる彼に、クスクスと彼女は微笑み、目元をそっと撫でる。

「リジー?」

「大丈夫、貴方も私も役者だよ?それに、私達だからあの監督さんもああいうこと頼むんだと思う」
「なんでそう言い切れるの?」
「だって、私はね?私以外の小人の女の子を貴方が口に入れるところ……見たくない。私自身だから、喜んで受け入れてる。
 それに、貴方以外の巨人の口には、男だろうが女の子だろうが、入りたくないもん。
 ヴェンスは?私が、役だからって他の男とか女とかの口の中に入ってほしい?」

「ッ!?い、いやだ!絶対にいや!!」

静かに諭すように言われた言葉に、ヴェンスは彼女を掴んで勢い良く顔を挙げ、顔の前にもって行きながら声を上げる。

「でしょう?貴方だから、気にしない。あの映像を見てファンの人たちがどう思うかとかは二の次」

「リジー……」

「ねぇ、へんなことしないように、予行演習しよう?」
「へ」
「……撮影のときに変なことにならないように、いっぱい練習しよう?
 小さいけど、貴方を満たしたいな?」

開かれている手に寝そべるように座っていたリジーナが立ち上がり、手を伸ばして。
ヴェンスの唇を片手でなぞり、感触に軽く開かれた唇の隙間に手を入れて。
目を見開いて思わず顔を離した彼の前で、彼女は唾液で濡れた手に口を寄せて、ぺろりとその唾液を舐める。

「ッ……!」

カァァッとヴェンスの顔が真っ赤になるのを見て、リジーナは微笑んだ。

「練習、していいよね?」

リジーナのどこか艶っぽいその動きに口をパクパクさせていた彼だが、やがて顔を俯かせて。
こくり、と弱弱しくうなずいていた。





後日、そのシーンを撮影したものの、余りにも表情が扇情的過ぎるということでそのシーンは没。



さらに。



「俺たちすごく練習したシーンあったのに!練習の意味!意味!!」
「いいじゃない。私は楽しかったし、嬉しかったよ?貴方の胃袋綺麗だったし」
「言わないで!それ言わないでリジーいぃぃぃ!!」

「え。練習中に飲んじゃった?!」
「「マジかお前……」」
「でもリジー先輩何処も怪我してませんでしたねぇ、髪も溶けた様子ないですしぃ」

「あぁ、私誤嚥して彼が慌てて水大量に飲んで薄めてくれて」

「ごめん!本当にごめんリジー!!謝るからその話題終わらせてッ!!」


舞台挨拶中に頑張ったところと記者に問われて思わず声を上げたヴェンスに、慰めのつもりで言い放ったリジーナの言葉。
思わぬその言葉にヴェンスが声をあげ、キャスト陣が盛り上がる。
監督がまずギョッとし、同期の巨人、小人の男優が声をあげ。巨人女優がヴェンスの肩のリジーに言葉を投げれば、彼女がニコニコと言葉を返す中。

ヴェンスが反対方向を向いて顔を片手で覆って喚き、それを周りがからかうというカオス空間で舞台挨拶は終わったのである。

ちなみに映画のほうは種族差別物ではあったが最後は和解。一応のハッピーエンドのため人気不人気は半々と言った出来のものになったのであった。
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とある狼と人間の話

1話完結

『今日は何をしに入ってきたんだ?』
「いつもお世話になってるから、食べ物もって来たよ~!きっと少ないけど!」
『なんだ。お前を食べていいのかと思ったのに』
「食べてもおいしくないからダメ!」
『いやいや、分からない分からない』

人間よりも遥かに背丈の高く、太い樹が生い茂る深く暗い森の中。
唯一開けた場所、僅かに差し込む陽光に当たりながら会話をする一匹……いや、一体の巨大な魔物と人間の少女。
黒く艶のあるふさふさとした毛並みの狼の魔物。
牙が見え隠れする口を少女に寄せて臭いを嗅ぐように鼻をひくつかせ、その度に少女の髪が鼻息に吸い込まれるように靡く。

「もう、ダメッたらダメ!」
『クク、はいはい。臭いは甘くて旨そうなのにな』

尻尾で少女の身体をくるんで傍に引き寄せ、グッと身体を丸めて。
子犬を抱く親犬のような状態にして。

『なら、お前を捕まえて眠ろうか。ちょうど眠い』

「あ、なら先にコレ食べてよ!」
『ん?』

少しばかり顔を上げてそちらを見つめ。少女が持っていたバスケットの布を取って中を見せる。
香ばしい肉の臭いと、若干の甘い臭い。

『なんだ?人間の食べ物か?』
「ミートパイ焼いてきたの!狼さんだし、お肉食べるよね?」
『まぁな……お前を襲ってた魔物も獲物として獲ったに過ぎなかったし』
「ちょっと冷めたけど、おいしいと思う!」

はい、とバスケットから出して手で差し出してくるその少女の作った料理。
臭いを嗅いでから、そろりと舌を伸ばして手の上からその物体をさらう。

噛み切るほどの大きさもないそれを口の中で転がし、潰して何とか味わう。

嫌いではない、と思うが。

『水が欲しくなってくる食べ物だな』
「あ、やっぱり!冷めるとちょっとバサバサするんだよね」
身体を狼から抜き出し、水辺のほうに歩き出す。
狼はそれを眺めていたがやがて身体を起き上がらせて伸びをしてから、離れていた彼女にほんの数歩で近づいて後ろからその服をそっと咥えて持ち上げる。

「はわわっ」

あわてる少女をポイッと軽く後ろに放って背中に落とす。

『人間はとろいな』
「はぅえ~……うぅ、そりゃ、唯の人間ですもん」

背中に放り投げられた衝撃に少し目を回しつつ、少女はその背中にうつぶせになってその毛を掴んで落ちないようにする。
バスケットもしっかりと腕に通していたため無事だった。

「狼さんは普通の魔物より少し大きいよね?」
『この大きさで少しか。お前の基準が良く分からんな』
「あまり魔物さんと会ったことないし」
『会うな会うな。エサと認知されるのがオチだぞ。実際、あの魔物がいなかったら俺はお前を食べてたしな』
「えぇ?そうかなぁ……」
少女の呟きに答えは帰ってこず、直立すれば大木より若干小さいくらいの身体で狼は小ぶりな草木を踏みつけつつゆっくりめのスピードで水場へと向かう。
少女は背中から落ちないようにしつつ、周りの速いスピードで眺める景色を見つめ続けていた……













「やっぱりここの水って綺麗だよね!」
『獣に近いものしか来ないからな』

水場……大き目の泉に着くなり、狼は身体を傍に落として休ませ、少女は背中から滑り降りる。
それを横目で見つめつつ、泉に視線を戻してから顔を寄せると舌をつけて水を飲む。
少女も横に座り、両手で水をすくって飲んでいた。

「うん、おいしい!」
『それは良かった』
「そういえば狼さん。眠いんじゃなかったの?」
『あぁ、まだある程度はな。なんだ?昼寝に付き合ってくれるか?』
「うーん、どうしよっかな」

夜になるとこの森が危ないのは実体験済みだし、と考える少女に、狼はクッと小さく笑った。
『また何かに襲われたりしたら今度は本当の意味で助けてやる。
 それに、夕立が過ぎていた頃になれば入り口傍までは送ってやるから。安心するといい』

クアァ、と大きな狼らしいあくびをしてから先ほどのように尻尾で少女をくるみ捕まえると傍に寄せて丸まる。

「もう、狼さんってなんか甘えん坊さんだよね」
『……誰のせいだ、誰の。一人がつまらないと感じさせてきたのはお前だ。責任を取れ。ルナ』
「こうして掴まってることで責任は取れてるの?」
『……好きに解釈しろ。寝る』
「……はーい。じゃぁ、私も寝るね。狼さんあったかいし」

身体を自分から少女……ルナがピトッとくっつけて体毛に体を埋めてくれば、ピクリと彼は反応するも。
そのまま彼女を一度見つめて、瞳を閉じる。
ルナもそれを見つめた後で、大人しく体を埋めて瞳を閉じた。
心地よく温かい狼の体温を感じつつ、やってきた睡魔に身を預けていた。
しかし。
高かった陽がどんどん下がり、夕暮れを過ぎ宵に差し掛かる頃。
狼より早く目覚めた彼女は、周りと自分の状態を見て、あ。と小さく口を動かす。
眠い瞳をこすり、狼にできるだけ刺激を与えないように抜け出して。

「……篭が、ない……」

狼に上げたパイ以外にも、自分の荷物が入っている。
一応は大事なものなので少し困った表情をして空を見上げた。

「……そう、離れた場所にはないよね……?」

狼を起こすまでも、ないだろう。と。
不安な気持ちを若干抱えつつも、気持ちよさそうに寝ている彼を起こすのはなんだか忍びなくて。
彼女は恐る恐る、闇夜のように暗くなっている森の中に足を踏み入れた。

自分の足音すら大きく感じる、静かで何処か冷たい、魔物がいる森。

危険なのは分かっているが、荷物は捜さなくては。

薄く星明りが照らす明るめの道を歩いていき。

やがて、その先にある暗い、踏み入ったことのないような真っ暗な闇のまん前に、ポツンと置かれている自分の篭を見つけて。

「あ……私の篭……!」

安堵して声をあげ、思わずそちらに駆け寄った。
篭を持ち、取っ手が若干酷いことになっているが中身や他の部分は無事だった。
安堵の息が漏れるところだが。

それは、見知った魔物の狼とは別の生温く、生臭い何かの息で奥へと引っ込んだ。

冷や汗が流れる。
硬い動きで闇の中を凝視した、その瞬間に見えたのは。

自分と同じくらいの大きさをした、二つ首が生えて顔同士がくっ付いているような奇妙な、おぞましい四足歩行の魔物が唸っている姿だった。

べっとりとしている体毛。
立ち込める異臭に今更気がついた。
闇に目が慣れてきて、奥にいくつもの骨が、腐った肉があることを知って。
思わず吐き気がこみ上げる。

獣なのに、口元がニタニタと気色悪くめくれ上がり、つり上がり。
恐怖でルナをすくみあがらせるには十分なものがあった。

篭をギュッと抱きしめる。
血の気が引くのを、久しぶりに感じていた。

ベチャリベチャリと気味の悪い足音が近づいて。
近寄ってきたその顔と四つの目に射抜かれ、震えるだけで身体はまったく動かない。

腰が、抜けた。

魔物が此方に後数歩、という距離まで近づいて来たと同時に。
断続的な地響きが起こって、魔物が動きを止めて周りを見回す。

そしてその瞬間に。一気に周りが暗くなった。


ドズゥゥッ!!


形容しがたいそんな音と、身体を浮かび上がらせるほどの衝撃。
地面が縦に揺れた。

魔物もその場に倒れて更に腐敗した土で身体を汚す。

そしてその瞬間。

ズァッ、と目の前にいきなり黒いものが現れて、身体全体を捕まえられて持ち上げられると同時に。
グッチャァッ!と熟れたトマトが潰れるような音と、魔物の小さい断末魔が聞こえたような気がした。

「あぁ気色の悪い!こういう狡賢さのある低能な魔物が一番嫌いだ!同属だなどと考えたくもない!」

何処かで聞いたような声が上から響いて何回か足音を響かせると、一際大きい衝撃が来た。

黒く生暖かい空間から開放され、温かい床の上にへたり込んでいる自分が見上げたのは、遠近法が狂ったように巨大な顔。
耳のあるところには、狼の耳が横向きに生えている。

「お前はなんで起こさない!もう少しでアイツの胃袋の中だぞ!」

見覚えのない巨人の男性に怒鳴られ、ルナは混乱しつつ思案を纏めようと頭を抱える。
それを暫く見ていた男性は息を吐き顔をグイッと近づけた。

「俺が誰か分からない、なんていうつもりじゃないだろうな?」
「えーっと……」
「……あれだけ懐いておいて」

「……おおかみ、さん?」

「……そうだ」
顔がゆっくりと傍により、呆然としたルナの言葉に縦に振られる。
ふわりとした毛髪が揺れ、嗅ぎなれた臭いがルナの鼻腔をくすぐる。

あ。

狼に身を預けたとき、感じるこの臭い。獣臭さ。
顔から視線を離し、乗っている場所から身体を見れば黒い動物のような体毛がぴったりとした衣服のように身体の所々を覆っている。
彼はどうやら座っているようだが、木の天辺に近い場所が自分と同じような位置にあって軽く目を白黒させているときに。

「なんだ?どうした?とりあえず俺の問いかけに対する返答がまだだぞ?ルナ。
 何で起こさなかった」

「はわっ!!」

何でこんなに大きく、と思っている間に言葉を投げられ、鋭利な爪が生える指先で手の平に押し倒された。
怪我をさせないように、指の腹で腹部を軽く押されただけだがそれでも、コロリと文字通り手の平で転がる。
「さて、なんでこんなことになったのか、説明してもらおうか?本気で心配したんだぞ」
「えぇっと……お、起きたら篭がなくなってて……!すぐ見つかるだろうって、それで……!!」

「……そうか。確かに人間にあの場に残った若干の腐敗臭は嗅ぎ取れないしな……
 ふむ……まぁ、仕方ない。次からはちゃんと起こせよ」
「うん……ご、めんなさい……っ」

指先で頭を撫でられることに若干の戸惑いやなんともいえない感覚があるが、それでも。
優しいその手つきに安堵して、恐怖から開放されたと理解して。
ポロリと涙がこぼれる。
止まらないそれに目元を覆うと、彼女は小さく嗚咽を漏らしだす。

「あぁ、泣くな……困るだろうが。
 まったく、お前は本当に世話が焼ける」

「だって……!」

目をごしごしとこすってから、また周りに影が落ちて。
上を見上げると、狼の嗅ぎなれた生臭い吐息が吹いてきた。
犬歯が覗く唇が薄く開いて、伸びてきた狼のときとは違う分厚い舌先が顔を舐める。
「んむっ」
「……ほら、しょっぱい。お前はそんなものを流すな」
グイグイと舌先で顔を舐められ、離されると唾液で湿ったそこを指先が軽くこすりぬぐう。
彼にとってはチロチロと優しい舌捌きだっただろうが、結構な力強さがあって軽く戸惑う。

「お、狼さんって……巨人にもなれたの?」
「いや、むしろこっちが本来だ」
「へ?」
「狼は化けているだけに過ぎん。身体も隠れやすいからな」

この大きさだと目立ちすぎる、とルナを撫でていた片手を握ったり開いたりして大きさを見せ付ける。
自分の身体と同じくらいある手が開閉する様がなんだかすごくて、ルナはジッと思わずその動きを眺め続けていた。

「お前を捜すために変化をといたが、今度は夜目が利かなくなる。困ったものだ。
 何とか腐敗臭だけを頼りにそちらに移動してお前を見つけられた。まったく。次からは本当に一人で動き回るな」

この森ではな、と父親か兄のように注意してくる巨大な獣人。
その言葉にルナは暫く顔をうつむかせていたがやがて、笑って。

「えへへ……はい、分かりました!ごめんなさい」

「分かればいい。友を失いたくはないからな……だが、少し仕置きは必要か?」
「へ?」

「クク、暴れるなよ?」

「え?え??」
少し意地の悪い顔で笑う狼だった彼の口が傍により、ルナの身体を無理に後ろに向かせると同時に舌先が背中を舐め上げる。
ゾクッ、と身体が震えたと同時に、服が後ろに引っ張られる感覚。
上の服が胸に突っかかるまでめくれ上がり、足場も下がる。
やがて、宙ぶらりんな状態になってルナは目を白黒させた。

「え?狼さん!?え?あれ!?」

「ははへぅな(暴れるな)」

「はぅわっ!」

後ろから聞こえたものを口に含んでいるような反論。
それに驚いたルナが上を見れば、生温かい息が漏れる二つ穴。

「……?ぉい、はにいへる?(おい、何してる?)」
「えーっと……狼さんの、鼻……見てます」
「ひぅな!ほんなはひょ!!(見るな!そんな場所!!)」

「だ、だって見えるんだもん……」

小さく反論を返すと同時に、グンッと身体が揺さぶられる。
「うひゃっ」
「ククッ、ほほぅぞ(戻るぞ)」
「え?戻るっていった?え、でも、どこに……!?」
周りを見回し声を上げている最中に、身体が風と衝撃に揺れる。
一気に高くなっていく視界に目を回しかけて首を振り、下からやってきた彼の指が身体をそっと押さえて揺れを止める。
離される指先はそう離れることはなく、自分の下に添えられるように動きを止め、彼が歩き出す。
人間が歩くときもきっと、こんな風になるんだろうなと考えるほどの縦揺れをルナに感じさせながら。

暫く口に咥えられて揺られること数分間。

一際木々が鬱蒼と茂る場所に連れてこられた。
しかし、ところどころ木々の葉っぱの隙間から月明かりが入り込み神秘的な感じを受ける。
昼間なら日差しがカットされ、過ごしやすい木陰になることだろうなと感じさせるほど。
広いその空間に、巨大な彼が入ってもある程度のスペースはある。
奥の草木が敷き詰められているような場所に近づくと、彼は身をかがめてその上にルナをそろりと降ろす。
彼を見上げると同時に、今度は狼に一瞬で切り替わった様子を見れば首を傾げた。
「何で戻っちゃうの?……いや、戻るというか、逆に化けるの?って聞いた方がいいね?」
『あの姿だとお前と寝たとき潰してしまいそうで怖いからな。
 ……人間の身体は小さくか細く、脆く壊れやすい』
狼姿で後ろに回りこむように移動し、また尻尾と胴体にルナを挟み捕まえると草木が敷き詰められているその上に身を横たわらせる。

「狼さん?」
『もう遅すぎる時間だ。今町に帰っても夜道は危険だろう。
 今日は俺の住処で寝ていくといい』
「狼さんの家なの?」
『あぁ。ここは俺の住処だ』
「……綺麗なところだね。えへへ、お邪魔します」
『ゆっくり休め。危ない目にもあって疲れただろうからな』

狼の鼻先が頬をこするように押し付けられ、擦り付けられる。
それに笑顔で頷くと、また狼の体毛に身体を埋めた。

「気持ちいい」
『それは良かった』
「おやすみなさい、狼さん」
『あぁ、お休み』

自分の数倍も大きさが違う人間の少女が自分に身を預けて眠る。
もう寝入った少女に、なんて寝つきの良さかと苦笑して、彼はその身体を守るようにくるりと丸まると寝顔を横目で見つつ小さく笑うと同時に思い出す。



【あの!私ルナって言うんです!助けてくれてありがとう!狼さん!】









口元を血に染めた自分を見上げて、恐怖に顔色を悪くはしていたものの、それでも気丈に笑顔で感謝を述べるルナに。
少なからず興味を持ってしまった。

物足りなかった魔物の次に、食おうかと考えていた捕食の対象が、そう見えなくなった。

久しぶりに会話をした。
久しぶりに敵意なく触れてもらえた。

魔物にも時間がたてば感情や理性や、知識は蓄積され芽生えていく。

生き物だ。当然の摂理といえた。

魔物の自分と仲良くしてくれるこのか弱い少女を、護りたいと思うようになるのに時間も掛かりはしなかった。

『ルナ』

自分は魔物で、何年もまだ生きる。
人間より長寿なのは、魔のものだから。理解している。
自分より若いこの少女はすぐに消えていく。

花開いたような今の時期もすぐに消えて、枯れて行くだけ。

『人間は命が短い。魔の物からすれば儚すぎるほど』

気持ちよく眠る彼女に、囁く。
暫く寝顔を見つめていたが、彼はやがて瞳を閉じた。

『それでも、お前という人間の友を失いたくないと思う俺はワガママなのだろうな』

この呟きは誰に対して言っているのか。
自分でも理解できなくて、彼はククッと小さく笑い。
彼もまた、まどろみに落ちた。
身体に愛らしい友の体温や心音を感じながら。

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Later -遅い恋心- (巨♂♀・小♀)

1話完結




まるで少女マンガのような と Wデート? の間の話になります。
男の巨人が多数出ます。苦手な方はお気をつけ下さい。





……………………………………………………………………………………………………








大学の構内。
巨人側通路傍で、小さい人間の小夜が高層建築物のように大きい巨人たちの顔を一人一人見て、見知った顔を見つけて笑みを浮かべる。

「瑠維さん!瑠維さ~ん!!」

巨人からすれば足元から聞こえた声に大半が下を向き、関係ない巨人たちは珍しいものを見たというような顔でその場を歩き去り。
名を呼ばれた巨人の瑠維は少しぽかんとした顔でその小さい小夜を見下ろしていた。

「……お前。今日、稽古は?」
「つまらないので抜け出してきちゃいました!」
「おいおい、このお嬢様は……見た目や物腰に反して、結構破天荒だな?……ますます気に入った。ホラ」

教材を片手で抱えなおし、空いた手を床につけて小夜がその手に靴を脱いで乗り上げると、そっとその手を持ち上げて移動を開始する。
移動の最中に手を動かし、左側の胸ポケットに小夜を滑り落とす。
「プハッ……ぬくぬくです」
「後で迎えをちゃんと呼ぶんだな」
「怒られちゃいます」
「一緒に謝ってやるから」
「ありがとうございます」
瑠維は胸ポケットをポフポフと指先で叩いて、小夜は腹部に当たる感触に笑みを浮かべて。
普通の会話をする。
その日は一日、瑠維は小夜と共にずっと過ごしていた。
友人にも小夜を紹介し、講義も共に受けていた。
そして昼。

友人……もちろん男ばかりだが……数名と小夜。
そんなメンバーで昼食を取っていた。

「にしても近くで見ても人間ってちっさいなぁ!」
「荒漉って身長何センチ?」
「152です」

「チッサ!めっさチッサ!!」

「俺の友達の人間は180あるぜ。男だけど!」
「それでも俺たちから見たらチビだろう。この阿呆」

「うわきた瑠維の毒舌!」

「小夜ちゃんよくこんな俺様と仲良くなったね~。なになに?もしかしてコイツがストーカーっちゃってる!?」
「ほぉわかったぞクルス。お前そんなに俺にぶん殴られたかったか。よし立て顔面にストレートにグーで行ってやる」
「カンベン!!」

にぎやかな昼食。男の中に一人だけ人間であれど女がいるのはいいスパイスらしい。会話は堪えなかった。
瑠維の購入した昼食のトレイの淵に腰掛け、少しばかり分けてもらった肉や野菜を同じように分けてもらったパンに挟んでバケットサンドのようにして食べていた。
瑠維が立ち上がり、ギリギリと瑠維よりも少し背の高い隣に座っていたクルスの首を後ろから腕でホールドして締め上げ、それをやんややんやとはやし立てるほかの面子。

「お前そんな調子で小夜ちゃん痛めつけんじゃねぇぞ?」
「人間相手にこんなことできるか!……いや、デコピンとか位はできるか?なぁ小夜」

「そうですね。でも瑠維さんにデコピンされたら私何処かに飛んでいきそうですね!それはそれで楽しそうです!」

「「「いや、楽しんだらダメだろ」」」
「むしろめっちゃ痛いと思うよそれ」

「そうですか?」

きょとんとした小夜の反応に全員が頷いて。
何処か照れたようにすみません、と小さく謝罪する。
瑠維が席に戻り、そんな小夜の頭をポンポンと慣れた手つきで指先で撫でて食事を再開した。

その間にも小夜は周りの男たちから気さくに話しかけられ、楽しそうに会話を続ける。
「そういえば、タケルさんとマモルさんは双子なんですよね?」
「そうそう!」
「荒漉は兄弟っているわけ?」
「いないんで一人っ子です。にぎやかで羨ましいですね!」

「瑠維にも可愛い妹が一人いるよ~。いつも満面の笑顔でニコニコしてて、抜けてるけど」

「それは褒めてるのか?けなしてるのか?ん?」
「褒め言葉です!間違いなく!!」

「瑠維さん妹さんがいらっしゃったんですね!今度お会いしてみたいです!」
「……まぁ、害はないから良いと思うが……まぁ、何時かな?」
「はい!……?」

小夜が座っているところが急に影になり、小夜が後ろを振り向く。
そこには、始めてみる巨人の女学生が一人立っていた。大学には無い制服を着ている。


「なぁ、今日ってオープンキャンパスだったか?」
「あぁ、そういえば……」
「じゃぁアレ高校生か。道迷ったかな」


クルスたちがぼそぼそと声を潜めて話し合い、瑠維は女学生をチラリと横目で見つつ食事を続ける。
小夜が瑠維を見上げてから視線に沿って女学生をまた見上げ、首を傾げた。

「えっと……こんにちはです」

「……」
小夜が挨拶をしても、女学生は視線は小夜に向けたままで言葉を返そうとはしない。
奇妙な沈黙が続いて、共に食事をしていた面々が瑠維を見る。

「噂……本当だったんだ……人間を手なずけてる人がいるって」

ポツリと呟かれた耳慣れない声。その内容に小夜を含めて全員が固まった。
瑠維の瞳が剣呑になる。
女学生は顔を少し興奮しだしたように赤らめて、瑠維を見つめる。
瑠維はすでに女学生から視線を外して飲み物を啜っていた。

「あ、あの、えっと、先輩でいいのかな……
 この子持ち上げてもいいですか!?」

「え?え??」
この子、と指差された小夜が唖然として混乱し、言葉を漏らして瑠維を、周りの面々を見上げる。
瑠維以外の面々は顔を驚愕とも呆れともつかない微妙な顔で、それでもぐうの音も喉から出せず。
女学生が耐え切れなくなったか無遠慮にズイッと小夜に手を伸ばした瞬間、驚いた小夜は思わず立ち上がり自分と同じほどの手指が迫ってくるのに始めて恐怖を覚えて顔を青くした。
悲鳴が喉からでかかった瞬間に。その巨大な手が動きを止めて。

「目上に失礼なことをよくまぁ堂々とできるな?こんな礼儀知らずを見たのは初めてだぞ俺は」

ガシッと勢いよく、小夜にはギリギリという音まで聞こえるほど力強く瑠維がその腕を握りこんで止めていた。
へたりと小夜が腰をトレイに落とし、女学生の動きに立ち上がりかけていた三人はハッとその姿を見つめて。

「あ……あっ荒漉!こっちに来い!」

「小夜ちゃん、怖がらないで今はタケルの手にいこう。そのほうが安全だよ……俺かマモルの手でもいいから」

ズイッとまた横から伸ばされたタケルの手にビクッと小夜が身体を震わせるものの、クルスが後ろから言葉を投げれば、落ち着こうと深呼吸を繰り返した後に小夜は頷いて。
先ほどの女学生のよりも大きなタケルの手指に震える手をかけては倒れこむようにその上に乗り上げて。
タケルは慎重に小夜を自分の下に引き寄せた。
瑠維がそれを見て息をつくと、痛いと訴える女学生の腕を離す。
夏なのでみんな半袖。よって女学生の腕には瑠維に掴まれた後が赤々と残っていた。

「な、なにするんですか?!暴力です!」
「暴力?お前がそれを口にするか?!」

椅子から立ち上がり女学生を見下ろす瑠維。
身長は自分の妹と同じくらいだが、性格は明らかに違いすぎる。思慮の無いガキ。
嫌悪を覚えて頭を数度振り、小夜を見つめた。

「小夜。怪我は無いか?」
「……瑠維、さ……っ」
「瑠維、ヤベェ。ちょっと恐慌状態だ」
「怪我は無いみたいだけど、ろれつが回ってない……」

タケルとマモルが声を上げて、周りの学生たちも騒ぎに気づいてざわついている。

「な、なんでそんな怒るんですか……?
 人間を抱っこしようとしただけじゃないですか……!」

「おいガキ……人間はな、確かに俺たちより小さいぞ。だがな、俺たちより小さいからといって……!
 俺たちが好き勝手扱って良い小動物じゃないんだぞ!!分かるか!?」

瑠維の怒声。
人間からすればすごい声量に、小夜が耳を押さえる。
タケルがあわてて小夜の身体を全て覆うように両手で包み隠し、音のダメージを減らそうと努めていた。

「で、でも……!」
「でも?なんだ?テレビで好き勝手扱ってたりするものを多く見るか?
 ああいうのは大抵打ち合わせされてわざとやられていることだ!俺たちの一挙一動がどれだけ人間に脅威か……!
 そんなことも理解できないガキがこの大学に来るな!人間は玩具じゃない――」

「瑠維、もうそれくらいにしとけよ。小夜ちゃんの耳が悪くなる。鼓膜をお前が破る気?」
後ろからクルスに肩を叩かれ、言葉を遮られた瑠維は耳元で言われた言葉にハッとしてタケルの手を見つめる。
開かれた手の上。小夜が耳を押さえて此方を伺っていた。

身体の向きを変え、小夜に手を伸ばす。
僅かに震えられたものの、指先を受け入れて大人しく撫でられてくれるその姿に安堵した。

そこでやってきた教員に事の顛末を周りで見ていた学生たちが伝えて。
教員が小夜の様子を覗きに来た。

「彼女は大丈夫ですか?怪我は!?」
「大丈夫です。少し恐慌状態にはなってますけど……」
「そう。怪我が無いならよかった……とりあえずは保健室へ先に連れて行きなさい。君たち次の学科は?」
「四人とももう今日は終わってます。食事をした後に帰ろうかと……
 人間の荒漉さんは今日お休みで、瑠維に会いに来て……今日、コイツに俺たち彼女紹介されたばかりで」
「……わかったわ。災難だったわね……荒漉さんも、怖い思いをさせて申し訳なかったわ。せっかくの休日なのに。
 引き止めてごめんなさい。彼女を保健室に連れて行くように。私はこの子を学校に連絡して引取りに来てもらうわ。
 そこの体験入学生!謝りなさい!
 人間の彼女もこの共同大学の生徒で君の先輩なの!それを動物のように扱おうとするなんて……!謝りなさい!」


教員が女学生の腕を掴み、謝るように促す。
女学生は目を見開いて、やっと始めの瑠維の言葉を理解したように視線を泳がせて。

言葉が出ないのか、唇が閉じたり開いたりするだけ。

瑠維はそれに肩をすくめて、小夜をタケルの手から掬い上げると別の出入り口から外へと出て行く。
他の三人も教員にもういいです、と声を投げてから瑠維の後を追いかけるのだった……











「小夜。怖い思いをしたな。大丈夫か?」
「……っ、は、い……なんとか……すみません」

「無理に喋んないほうがいいよー?恐慌起こしたせいで全体の筋肉緊張して、動きにくいんでしょ?」
保健室。
巨人用と人間用と別れているが、緊急時を考えて人間用のベッドは巨人用の保健室にも置かれている。
カーテンで仕切られた一つのベッドのスペース。
そこに、小夜を含めて五人が集まりベッド横の棚に置かれるベッドに寝る小夜を見舞っていた。
「にしても瑠維かっこよかったな!人間に興味が無かった頃とは大違い!」
「うるさい」
「でもあの女学生何考えてたんだろーな。人間手なずけるとか……ゾッとする」
マモルが心配そうに小夜を見つめながら、先ほどの女学生を思い出して身体を震わせた。
「……一つ心当たりあるよ。この大学さ、巨人のほうが比率多いんだよ。生徒も教師も。
 だからさ、この大学の中だったら好き勝手人間を扱えるとか……変なことネットで言いふらしてる奴もいるみたいで」
「うげっ」
「人権て言葉はどこに消えたんだよっ」

「それがさ、その……発端は瑠維と小夜ちゃんみたいだよ」

「……は?何でそこで俺の名とコイツの名前が挙がる?」
クルスの情報に双子が気持ち悪いと声をあげ、更にクルスが放った言葉に瑠維がはじかれたように顔をそちらに向けた。
クルスは言い難そうに頭を掻いていたが、やがてベッド脇の丸椅子に座りなおして。

「巨人の男の学生が、人間の女の学生をよく摘み上げたりしてる、とか書かれてるところがあって……
 それから本格的に火がついちゃったらしいんだ。だって異性なわけだし。恋人とはまず考えないし。サイズ差的にね。
 今のところ、人間の学生を異性の巨人の学生が摘み上げたりしてるところは俺……まだ瑠維しか見たこと無い」

「……なるほどな。最近は顔を見合わせれば暗黙の了解ですぐ同じ目線に連れて行くから……それでか」
「ある意味……私の、自業自得、ですね」
「いや、お前じゃなくて俺に責任がある……悪かったな。小夜」

ポンポンと指先で寝転がる小夜の身体を撫でる。

「お前の家の番号教えろ。俺が掛ける。
 今日は俺の家に泊まれ」
「え?」
「人間の客は初めてだが、まぁ来るものは拒まない家族だ。
 そんな状態で帰って心配掛けたくないだろ?ただでさえお前、今日は稽古サボってるんだからな」
「あ。そうでした……」
「喉は復活してきたな。よしよし。
 というわけで、番号」

「なんか本当に恋人みたいだねこの二人」
「噂どおりになるってか?」
「お似合いだから俺はいいと思うよ?タケル」

「外野は黙れ」


保健室でそんな会話をしつつ、小夜の家に瑠維が連絡を入れて外泊を何とか許可してもらい。
ベッドから起き上がれるように回復するまでは全員で残り、回復した小夜はまたすぐ瑠維に抱えられポケットに滑り落とされ。
そのまま帰路について、その日は瑠維の家族に迎えられてその家に泊まり、翌日人間の町の入り口まで送ってもらい。
迎えに来ていたらしい厳格そうな父親とほんわかした雰囲気の母親に叱られる小夜を見下ろしていた瑠維まで叱られ。
またいつものような生活が戻ってきていた。

「瑠維さん。今度父が知り合いの巨人が他にいないので、モニターになってほしいそうなんですが……」
「モニター?何を作る気だ?……そういえばお前の親何やってんだ?俺の家はただのサラリーマンだが」

「あぁ、あのですね!私の父は遊戯施設を作っているのですよ。
 今は巨人と人間が一緒に楽しめる遊戯施設を作ろうとしてましてですね?
 なんだかバーチャル空間にどうとか言ってましたけど……人間のモニターは私と母です」

「バーチャル空間?仮想空間か……ほお。あんな厳格そうな顔で遊戯施設開発者か。なかなか、珍妙だな」

「あは、よくヤクザと間違えられるんですけどねー」

「いや……笑って言うなよそれ……お前も言うな?結構」

いつものように大学内で瑠維と小夜が共に食事を取る。
いつものようななんとも無いくだらない会話。
小夜の暢気に笑いながらの辛辣な言葉に瑠維が楽しそうに笑った後で、

「あ。そうですそうです。瑠維さん、父じゃなくて私の話になるんですけど」

不意に唐突に。
小夜が自分の両手を胸の前で合わせて声を上げる。

「なんだ?」
「あのですねぇ。人間の知り合いよりも瑠維さんと話しているほうが私楽しいと思ってまして。
 瑠維さんの手に摘み上げられたりするのも、何でか少し嬉しかったり思ってまして。
 常日頃気がついたら瑠維さんのこと考えている自分がいるんです」

「……は?」

「それで、この間タケルさんにも手に乗せていただきましたけど……あの時はそんなになんとも思いませんでしたし……
 ですから、母親に相談してみたのですよ。
 そうして言われた答えに、私すっきり納得してしまいました。ちょっと変わってると思うんですけど」

「納得したならいいんじゃないのか?なんだ?変わってるって。俺が変とでも?」
「いえ、瑠維さんじゃなくて私が変なんです」
「……保健室行くか?」
「体調不良ではないですよ?」
「……要領を得ん。はっきりといえ。苛立ったらお前をおいていく可能性があるぞ?」
ややムッとしてきた瑠維の顔に、小夜はあらあらと困ったように笑って。
「それは困りますね?」
「ならさっさと言え」
「えっと……あのですね、瑠維さん」
「あぁ」

「私、貴方を愛してしまっているようです」

小夜の言った言葉が理解できず、瑠維が固まった。
頬杖をついて小夜を見下ろしている状態のまま、固まって。
小夜はニコニコと微笑んだまま、瑠維の無造作にテーブルに置かれている手に近寄ってその指の背を撫でて彼を見上げる。

「人間が、巨人の異性を好いてしまいました。
 私は貴方が大好きです。困るでしょうけど」

困ったように苦笑する小夜。
内容を理解してきた瑠維が、顔を朱に染めていく。
気がつけば、小夜はすでにほんのりと恥ずかしそうに頬を染めていた。


気まぐれで助け、助けられ。
なんとなく気に入って、気に入られ。

気がつけばいつも一緒。

それは何故?

自分の数十倍は小さい手に擦られる指の背だけが酷くジンジンと熱を訴えていても瑠維は動けない。

ほんの一部分。微々たる場所を撫でられているだけでこんなにも心地よいと感じてしまうのは。何故か。


あぁなんだ。


瑠維は自分の中で憑き物が落ちたような気分になった。
結局は自分も狂っていた。

小夜よりも先に狂っていた。

小さな身体を、彼女という人間を独占したかった。
自分だけが振り回してもよいと何処か狂った思考を持って。

「瑠維さん、あの、迷惑でしたら……」

「……勝手に決めるな。何が迷惑だ。まったく。お前は本当に変わった人間だ」

小夜が顔を伏せてあげた声に、瑠維が静かに反論して撫でられていた手を動かし、小夜の背に添えて親指の腹でその頭にやわらかく触れる。
その感触に小夜はゆっくりと瑠維を見上げて、紅く恥ずかしそうに顔を染めて視線を外している姿を見て。

「……俺もお前が好きなんだ。きっと。
 始めて会った時から、変わったやつだと思って。
 二回目会った時は、泣き腫らした顔で笑うお前を見て……きっと落ちてたんだろうな。そのときに。
 お前を、独占しようと気づかず動いていた……んだと、思う」

「瑠維、さん?」

「まったく、女から先に言ってくるとは……惚れた男の面目丸潰れにしてくれたな?小夜」

「……フフ、なんかごめんなさいです」
「謝るなバカ。
 ……さて、なら……」

その背に添えていた手指を丸めて彼女を捕まえ、緩やかに持ち上げると、今までに無いくらいまで顔に近づけた。
頬杖をやめて、そのままの位置で手の平に降ろして周りに見えないようその体を隠すようにまた手を添える。

「瑠維さん?」

「……なぁ小夜。こんなデカブツ相手で本当に後悔しないか?」
「デカブツって……瑠維さんこそ、こんなチビが相手でいいのですか?」
「おいっ……返すな」
「アハハ、すみません……でも、しませんよ?猫を被ったりとか、自分に嘘をつくようなこと……したくないですから」

「……そうか。なら……
 俺はお前をきっと離さない。小夜……俺だけのものになってくれ」

「はい……喜んで!
 あ、でも」
「でも?」

「瑠維さんも、私だけの人ですからね?」

「……負けた。キスするぞ」
「ふぇ?」
「誓約だ。俺はお前だけの。お前は俺だけの。
 地球人だって変わらないだろ?」

「す、スキンシップでするところもありますよ?」

「関係ないな。息止めとけよ」

「んっ」

手の中の小夜を手を動かして口元に寄せ、囁くように呟いてからその顔全体に唇を押しつける。
離すと同時に、ふは、と小さい音が聞こえて瑠維は小夜を見下ろした。

「……裏切ったらどうしてくれようか」
「そんなことしません!瑠維さんこそ裏切ったら私怒りますからね?」
「怒るだけか」
「あ!なんですかその反応は!」

「おーいお二人さーん」

響いた声に瑠維と小夜がそちらを見れば。
クルスとタケルとマモルが何処か楽しそうに此方を見つめている姿が目に入り。

「公衆の面前で臆面もなく告白してんじゃねぇぞ~」

にんまりと意地の悪い笑みを浮かべてタケルが言った発言に、瑠維はすぐに顔を真っ赤にして。
小夜は暫くしてから手の中で口元を押さえて瑠維と同じように真っ赤にしてしまった。

こうして彼らにからかわれだす二人だが、大して今後の問題にはならない。

さて。

「お前の親にどう説明するか」
「そうですねぇ。父は許してくれそうですけど」

「は?」

「母のほうが結構、頑固なんですよね~」

「……」

異種族同士の恋人は成立することができるのか。
それは本人たちのみぞ知る。

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もう逃げられないよ…?

イラスト


もう逃げられないよ…?

たぶん場所はベッドの上(ぇ)

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ある魔物と異邦人の話(巨♂♀、小♀)

1話完結


ベロリと顔を舐められる感触に少女は瞳を開ける。
目の前にある、生温い息を吐き出す赤黒い湿った空洞。手前にある牙。

「もうちょっと……寝かせてよ」

「いい加減に腹が減っただけだ。何かとって来ていいか?」
「……人里からはダメだよ……?もっとも、人間とか人間の家畜食べたって、君のお腹膨れないだろうけど」
「嫌味はいらない。とりあえず魔物か獣、食って来る……勝手に出るなよ?」

「大丈夫……まだ寝とく……」

「分かった。ではな」

赤黒いそれが閉じられたり開いたりを繰り返す。
時折見える肌色。会話の後に離れていく巨大な獣耳の生えた男の顔。
最後の確認めいた言葉に彼女が小さく頷いてもぞもぞと彼の吐息で湿った草木のベッドに体を埋めれば、その身体を顔を寄せた彼が鼻先で撫でるように突いてから離れていった。

巨大な足音と振動が離れて消えていくのを感じた少女は、瞳を閉じた。

すっかりと野生児のような生き方が慣れてしまった。
眩暈を覚えて目が覚めたら、まったく知らない外の世界。
巨大すぎる空洞、何かの野生動物の住処のような穴倉に目を白黒させていた中で、足音や振動とともに現れたあの巨大な彼。
目ざとく小さいはずの自分を見つけた彼の動きが素早く、逃げる前にやってきた鋭利な爪の生えた手と紅い瞳に威圧され、腰を抜かしたのが懐かしい。
縦に細長い瞳孔。獣のようなそれは警戒や興味を示して自分の姿全体を写し、時折僅かに動いていた。

喰われる。本能的にそう感じてしまって震えた。

『……町の奴らとは装いが違う……ここの土地の臭いでもない……』

グイッと顔が寄って来て上体を僅かにそらしたが、意味もなく巨大な鼻先が肩を掠める。
獣くさい臭いが彼女の鼻腔をくすぐった。
スンスンと獣が臭いを嗅ぐような音が横で響いて、空気が動く。
恐怖に近いもので固まる彼女をよそに、彼は顔を離して。

『どこから来た?』
『……え、と……!?』

錯乱していてその後のことは良く覚えていない。
いない、が。

話の末でどうやら彼に気に入られたらしく、気がつけばここにいることを決められていた。

姿形は人と変わらないが、その格好はぴったりとした毛皮のタイツをところどころ纏っているような装いで頭には獣耳の生えている巨大な男。
手で掴みあげられるということはなく、腰を抜かしていた彼女にまた顔を近づけて目の前で口を開き、舌で身体を起用に手繰り寄せて口に咥えて持ち上げた。
それから寝床のような場所に持っていかれ、降ろされて。
巨大な黒い獣に変わった彼が自分の身体をくるんで寝転がった。
まるで親が子を包み眠るような体勢。

獣が別の獣の親になることもある。
ある動物園で、犬が虎とブタに乳をやって育てたというニュースもあったように。
それと同じ原理が、今自分に降りかかっているのだろうか?

わけもわからなかったが、とりあえず人間なんて温かくなれば眠くなってくるもので。
眠りに落ちて目覚めた翌日。
自分ひとりだけだったあの空洞から逃げようと出たところで、今度は手で掴みあげられた。
その後、人間がこの森では一番弱く魔物に狙われる。食われたくなければここにいろと脅しのように言い放たれた。





後日、彼はその成れの果ての人間を獣姿で咥えて持ってきた。






見たこともない簡素な装いをした男だったが、片足は千切れ、片腕は肩と骨が外れて筋のようなものでぶら下がっている。
ドチャリと落とされたそれを見て、悲鳴なんて出てこなかった。

喉が凍り付いて、視線を外せなかった。

影が更に大きくなる。
彼が人になった合図になっていた。
ゆっくりと、無理に死体から視線を外して彼を見上げる。
太陽を背にしている彼の表情は良く分からなかったが、それでも瞳は爛々と輝いていた。

『……はっきりといえば、俺は人間なんてどうでもいい。ただのエサという認識しかなかった』

あの時の俊敏な動きを思い出す。捕食される側の獲物の気持ちに、確かになっていた。

『だけどお前の話は面白い。ここの奴らとは違う。この人間たちとは違う。だから俺はお前を喰わない。
 ……俺がお前を護ってやる。でも』

鋭利な爪の伸びた指先を、事切れた人間の身体につきたてた。
その音にそちらを見てしまって、若干の後悔をした。
死んだ後だと分かっているのに、その顔の瞳と瞳があった。

吐き気がこみ上げてくる。

ゆっくりと爪に刺し貫かれた身体が持ち上がり。それを追いかけたくなくても視線で追いかけてしまった。
彼の口元で止まったそれ。
彼の赤い目と、自分の瞳が、視線が絡んだ。

『俺も人間という生き物を喰うことは覚えていて欲しい』

言葉と、その後彼がその死体を口に入れて骨を噛み砕く音と。
それらに金槌か何かで頭を殴られたようなショックを受けて、彼女は気を失った。

人間なんて、無力な生き物だと。
彼女は自分で理解はしていても。



食料にされるなどと誰が思うだろうか。




こんな、人とそっくりな獣に。






まだ、獣の姿の彼が食べてくれたほうがショックは少なかったと目が覚めた後打ち明けたらそれでは意味がないと言われた。

そうして日が過ぎ、現在。

そんな過去を夢として思い出した彼女はいやな汗をぐっしょりとかいて跳ね起きていた。


「……気持ち悪い」


水で身体を清めたい。水をたらふく飲んで胃の中のもの全てを吐き出したい。
しかし彼は獣だ。人間ではない。水を住処においておくなど、考えられない行為だ。
よってこの場所には食べ物も、水もない。

彼女の服はもう数日で汚れきり、ボロボロになっていたので彼が腹ごしらえで襲った村から適当な服を持ってきていた。
着る気にはなれなかったが、裸でいるよりはマシだった。
村一つを襲って女子供を含めた住人全てを喰っても腹八分目にも満たないらしい彼。
だったら、人を食べるのをやめて魔物とか獣食べればいいのに、とぼやいた彼女にその手があったと納得した彼を見て、バカだと思ったこともある。

そんな時、振動と足音が響いて戻ってきた彼を見て。
彼も、跳ね起きて僅かに身体を震わせている彼女を見て。
早急に傍によって顔を寄せていた。

「何かあったか?襲われでもしたか!?」

「夢見が悪かっただけ……」

「お前のそんな姿や表情は見たくない」
心配そうな言葉の後で、彼の口が彼女の視界一杯に広がって僅かに出した舌先でちろちろとその顔を嘗め回す。
「汗の味。怖い夢でも見たか?俺がいなかったからか?」
「……君が人間食って見せたのがトラウマで残ってるだけ」
「……お前は喰わないのに、それでも怖いと思うのか」
「当たり前……人間という種族ではあるもの」
彼女の言葉に、彼は耳を僅かに垂れさせて。
鼻先で彼女を押し倒してベロッとその身体を舐める。
ペロリペロリと服の上から舐めて、口を僅かに開いて彼女の身体を横向きにくわえ込んだ。

「なに」

彼女が言葉を投げれば。口からくぐもった声で水場にいく、と聞こえて。
彼と彼女しか使っていないらしい広大な湖へと彼が立ち上がって歩いていくのに身をゆだねていた。



















水辺について、浅い場所に落とされる。
水でビシャビシャになるのにも慣れた。
服を脱いで下着だけになり、身体と服を洗う。
振動が迂回して離れて行き、離れた場所で彼が身体を水に浸けて身体を胸元まで沈める。
結構な深さがあるらしい。
彼が入ったことで浅いここの水位が若干上がるがまだ足はつく。問題はない。
汚れを確認し、しわを伸ばした服は傍の岩に貼り付け乾燥させて。
そうした後で水に潜って髪を中でワシャワシャと乱雑に洗う。
ぷは、と水から顔を上げると少し波が起こって左右に巨大な手指が置かれた。

「気持ち悪さは取れそうか?」

「そうだね。汗は流せて満足よ。君の唾液も取れたし」
「お前は俺のものだと周りに認知させたいだけだ。
 この森で、俺に敵うヤツはいないが……魔物ではなく人間に連れ去られたらかなわないからな。
 念のためのマーキングだ」
「君は……なんで其処まで僕にこだわるの?もう僕は珍しい話なんて出来ないよ。
 君と同じ臭いや土地の臭いに染まってしまって、もう異邦人とはいえない」
「……それでも、お前は特別な人間だ……俺はお前を手放したくない」

水の中に口を埋め、鼻を自分の身体に擦り付けてくる。
動物が鼻先を飼い主に押し付けるようなしぐさ。
甘えるようなそれに彼の瞳を見ようとしたが、その瞳も何処か気持ちよさそうに閉じられていたため。
瞳の色を読むことは出来なかった。

「……人間を食い物にしていた魔物が、人間に甘えるの?」
「……お前は特別だ……そう言った。お前は、俺を化け物とは言わなかった。初めての会話の最中にも、咥えた後でも。悲鳴一つ上げなかった。
 頭の中でどう思ったかは分からないが……
 それでも。口で悲鳴も上げなかったのはお前が初めてだ。会話もしてくれた」

瞳が薄っすらと開いて、顔を離されると同時に投げた問いかけに静かに答える彼の瞳は嬉しそうで。
言葉を捜す彼女をその瞳のままで少しの間見つめていた彼は不意に耳を震わせて、水を見つめた。

「ちょうどいい。今晩のエサを早めに調達しておくか。魚を取ってくる。後でお前の好きな果実も取りに行こう」

一人そう言うと、彼はゆっくりと自分から離れてもといた場所に戻り水にもぐりこむ。
どうやら今晩は魚を焼くらしい。彼のサイズだから巨大なのだろうが。
狼のような魔物が魚を食べる方に驚きだが。
彼が狩りをしている間、ならゆっくりしてようかと水の中で力を抜いて水面に浮かぶ。
浅瀬の上にしか行かないように注意を払いながら時折手と足を動かして位置を調整していた。
そして、陸のほうから聞こえた足音に水を掻く動きを止めて。
暫くしてまだ響くそれにゆっくりと服を貼り付けている岩の陰に移動し、隠れる。
足音が近くなり。心音が高鳴った。

別に悪いことをしているわけではないが、コレが魔物だったら自分はどうなるかと考えて。
彼が持って帰ってきた男の死体の姿が脳裏によぎる。

あんな風にはなりたくない。

ガサッと傍で音がして、身を硬くする。
そうして影が自分を覆って、バッと上を向けば。

久方ぶりに見る生きた人間が立っていた。
屈強そうに見える男が二人。
手には猟銃のようなものを持っている。

「……っ」

この場合、どうすればいいだろう。
声を上げるべきだろうか。その場合は羞恥で?恐怖で?彼に助けを求めるため?
思えば思うほど理由が明確にならず、声は出ないまま喉の奥で形にならず飲み込まれた。

「お、お嬢ちゃん!!こんな所で何してんだ!!」
「ここは魔物の巣窟ですよ!家はどこですか?今すぐ出て!送ります!!」

「え、あ」

どうしよう。どうすればいいだろう。岩陰から離れて、伸ばされたがっしりした手を見つめる。

「何を呆けているんです!?」
「お嬢ちゃん!ホラこっちに!!」

「あっ……イヤ……ッ!!」

グッと勢い良く伸ばされた別の手に腕を掴まれ、思わず悲鳴を漏らす。
刹那。
周りの空気が一気に冷えた気がした。

「――――え……?」

感じ取ったのは自分だけではないようで、目の前の男二人も顔を少し強張らせている。
ゴポ、と。
大きな気泡がはじける音が後ろで響いた。
グイッと男に手を引っ張られ。瞬間。
後ろから急激に上った水の波に人間たちは飲み込まれた。
男たちは陸地の上を数度転がり、その傍に内臓のあった辺りを食いちぎられた死に絶えた巨大な魚が落下した。
彼女は、水の僅かにたまる巨大な彼の手の平の上に座り込んで咳き込んでいた。

「愚かな人間ども……!性懲りもなく来たか……!
 しかも今度は俺のものに手を出した……余程喰われたいと見えるな……!!」

落ち着いてきたときに上から響いてきたゴリッとした物を含むドスの利いた恐ろしい声に彼女は身体を震わせて彼を見上げる。
彼の顔は怒りにゆがみ、目は凶悪に揺らいでギラギラとすさまじい眼光を眼下の人間二人に向けていた。

「怪我はないか……」

そんな表情と視線を離さないままに響いた声に、彼女は一瞬硬直したが、視線を向けられてハッとすると細かく震えだした手の上で指に抱きついた。

ピクリと手全体が震えるが、できるだけそっと彼女の身体を手の平を閉じて包み込む。

ズン、と重い音が響いて。
ビチャリと自分の身体を包んでいる手が水に浸けられた。
手指の隙間から水が流れ込んでくるのを理解したから。
手が開かれて、また水の中に戻される。
彼の手が上に水滴を零しつつ離れていった。

「化け物……!少女をたぶらかしてどうするつもりだ!」
「人間は玩具ではないんだ!」

岩陰からこっそりと様子を伺う。
彼と人間二人の大きさの違いがイヤというほど分かった。
自分より大きな男でも、彼から見れば足首以上、脛に届くか届かないか位の大きさでしかない。

「そうだな。あの人間は貴様らよりも出来た人間だ。いい暇つぶしをさせてもらっている……が、そうだな。玩具にはしていない。
 だがお前たちは別だ……四肢を千切って潰して喰ってやる。アイツ以外の人間なぞどうでもいい。
 お前たちは俺たちのような魔物の単なるエサだからな」

見下しきった瞳。冷ややかに足元の人間を見つめる彼の瞳は彼らを対等には見ていない。
ゾッとした。自分のときとの違いに、冷や汗が浮かぶ。
一気に寒くなってきて、水の中にへたり込む。

「お前」

響いた声にビクッと震えて影から、ゆっくりと顔をのぞかせた。

「そこで大人しく待ってろ。何も見るな。何も聞くな……いいな」
「……ぅ、ん」

小さい声しか出なかったが、首を縦に振る。
爛々とした瞳でこちらを見ていた彼の瞳が一度閉じられ、また開けば眼下の人間に戻して。
瞬間、パンッと軽い音が響いて彼が目を押さえた。

「や、やったか!?」

「……砂が入った程度にしか感じんな……だが、高くつくぞチビども」

猟銃を撃った人間に、ニィッと凶悪に歪んだ口で言葉を紡ぐ彼。
ゾッとして、あわてて顔を影に引っ込めて背を向けたとたん。
目に入ったのは、指の間に薄い膜が張られた滑らかな巨大な手指。

え?

声を上げる間もなく。
チャポン、と。
彼女はその手に包まれて水の中に引きずり込まれた。








くぐもって地上の音が聞こえる。
自分を包んだ手指はしっかりと自分を包み込んで放さない。
だんだんと聞こえなくなっていく音にどこか焦りを感じて、彼女はその中で激しく暴れて荒い息を肩で整えた。
そして、其処でふと気がついた。

「……苦しく、ない?」

『気がついた?よかったぁ分かってくれて!』

大きな、それでもかわいらしい声が聞こえてハッと周りを見回す。
覆いかぶさっていた手指が離れて、目の前に目の下から耳にかけて魚の鱗をつけた可愛らしい女の子の顔が見えた。
金髪のショートカットが良く似合う。
青白い肌に、その下の胸は布で覆われることなく今は平らな胸を曝け出し。
更に下を見れば、魚の下半身が見えた。

巨大な獣人に続いて、今度は巨大な人魚か、と。

軽くげんなりした彼女にお構いなしに、両手で彼女を包んでいる空気の膜の様なものを持ち直した巨大な人魚の子供は顔を寄せる。
『あの人が可愛がってる人間ってどんな子なのかなって気になってたんだぁ!森の魔物たちの噂なんだよ?
 あたしやみんなのお兄ちゃんみたいな人だから!
 でも今はちょっと怒ってるみたいだから……ここなら怖い音も聞こえないし、終わった後であなたがいなかったら探しに来るから、ここにいよう?良いよね?ちゃんと空気は上げるから!』

かわいらしい子供の申し出に、彼女は確かに、と上を見上げる。
彼らからしたらなんでもない深さだろうが、自分にとっては深海に近い。
音はまったく響かなかった。

『あの人が人間さんと仲良くなるなんて思わなかったなぁ……
 でも、いま良く見て分かった。なんか今まで見た人間さんと違うんだよね。私見て悲鳴上げるどころか抵抗してるんだもん!』

手の中の動き可愛かった、と明るく言う子供人魚。
あぁ、そうですか。と軽く返したところで。
フッと影がさした。

ザポン、と後ろでそんな音が響いて、人魚の子供が嬉しそうに瞳を瞬かせる。
『あ、お兄ちゃん。きたきた!』
振り向いたところで、見慣れた身体が視界に入りその身体から伸ばされる手が膜を包もうとする。

『あ、あ!ダメだよお兄ちゃん!私以外が触ったら……!!』
『――――ッ!!』
あわてる子供の声に彼の水の中で吐き出される吐息の音が響く。
と同時に。
ボゥッ、と自分の周りの巻くまで消えて、一気に空気がなくなり身体が水に包まれた。

「……ッ!!?」

あわてて口と鼻をふさぐ自分を彼の両手が捕まえて、ザバッと勢い良く水の中から引きずり出した。
水圧に良く堪えれたものだと思う。
一瞬だったための奇跡だろうか。
目の前にある彼の顔は、なんだかとても情けないものに見えた。

「……なんて顔をしてるの」

「……勢いとはいえ、また喰ってしまったからな」
「……人間はエサ、なんでしょ……食物連鎖なら、しょうがないじゃん……」
「私もたまに人間食べちゃうし!」

「「いや、誰も聞いてない」」

「えー!ぶぅ」

かわいらしく彼の腰にしがみつく人魚が声を上げれば、二人同時にその声に顔を向けずに答える。
「あ、あのねあのね!人間の人!私の名前はね。セーレっていうの!ねぇねぇお名前教えてよ!!」
「「……あ」」

「あ?どうしたのぉ?」

「そういえばお互いに」
「名前教えてないままだよね僕たち」

「えぇぇ!なんで!?気にならなかったの!?」

「いや、呼び方には困ってなかったしな」
「僕は君って呼んでたし、彼はお前って呼んできてたし……」

「おかしいよお兄ちゃんたち!!」

子供の純粋無垢な反応は。成長した者たちの心を深くえぐっていく。

「……あ~……アルフだ」
「ケイ……って、いいます」

「そっかぁ!ケイお姉さん!これからはセーレとも遊んでね?絶対だよ!?」

下でバシャンバシャンと、本人たちにはパシャパシャと可愛い音なんだろうが。
小さい彼女からすれば恐ろしい轟音だ。

その日はとりあえず水辺で一日を過ごした。
陸地に滅多に顔を出さないというセーレが顔を出し、子供ならではの同属に対する毒舌を他愛ない会話のようにケイに話す。
アルフが顔を抑えて胡坐を掻いて座り込んでいた。

浅瀬にまたケイが入れば、仰向けに浮かんだセーレの平らな胸に乗せられて湖を遊覧した。

夜も水辺の傍で火をたき、昼間に取った魚を焼いて食べる。
セーレは水の中から自分の食事を取って傍で食べる。
ケイはアルフが爪でこそいだ焼けた魚の身を肉まんのように両手で持って齧り付く。
そうして、ある種波乱となった一日は幕を下ろした。


その後日。
セーレ以外の魔物たちもケイの傍に寄りだし、アルフがそれを守ればからかわれケイを手に握ったまま追い掛け回すか、獣に変わってセーレにケイを預けて追い掛け回すかしだすのだが、それはまた別のお話。

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プロフィール

スノイリス

Author:スノイリス
性別:♀
ファンタジー王道の巨人や小人が大好きな故…
人間と小人、巨人と人間といったCPを書きなぐります。
ほぼ自己満足なものが多いと思われますが、よろしくお願いします。

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