ウラとオモテ~光と闇~
ウラとオモテ~光と闇~ Act.02
「へぇ?じゃぁ貴女ココとは別の異なる世界から来たってことになるのね」
「あっさりと信じれるのね」
「コレでも一応魔力の扱える、この世界での医療、治癒術のプロフェッショナルよ?世界がいくつもあるくらい、魔術師達は知ってるわ。
この世界は一つの丸い球体に過ぎないという話しだってある。外には広大な黒い澱んだ空間が広がっていて、この世界や他の世界が星のように浮いているのが夜に映っているのだ、とか。
もっとも、こっちに来ちゃった……もとい、連れてこられちゃったのは貴女が初めてだけど。歓迎するわ!こっちじゃ人間との交流って基本ないし、勉強させてもらえるとうれしいから!」
「……軽く話しに付いていけないんだが」
「とりあえずグランはこの子を此方の住人にしてしまったことへの謝罪をするべきだってことよ……返事は?」
「はい、申し訳ございません」
にぃっこり、と怖い笑顔で微笑まれ、グランは幼馴染のフェルゼアから顔をそらす。
その様子を起き上がれるようになった雪姫が見つめると、顔を背けたグランと視線がかち合う。
気まずそうに頭を掻いた彼は雪姫のいる診察台まで歩み寄り顔を近くする。
「悪かったな。元の場所に戻したら死ぬ、と思ったから」
「……ペットに死なれたくなかった、ってところ?」
「まだ言うか。ふざけるなよ」
「なら何故私を助けたの?」
夢とは違って声は聞き取りにくい。
雪姫は耳を押さえて声を少し張り上げているようで、グランはそれに声の声量を抑えるよう意識しなければと再認識していた。
フェルゼアもその様子を見てフム、と一人で頷いて何がしか傍の本を引っ張り出して調べ物を始める。
「なぜもなにもあるか。人が一人死にかけてるんだ。それも、知り合いが。放っておけるか?」
「……偽善ね。自分も死に掛けていれば自分を優先して救おうとするわ」
「ほぉ?だったら見殺しにした方が正解だったと?」
「……そうね。そうしていなかったら私は向こうで望みどおり死ねたし、貴方達に気を揉ませる事も無かったわ」
「医者の前で死にたい、は禁句よ。お願いだから言わないでね?」
「……その通りね。返す言葉も無いわ」
思わぬところから帰って来た反論に、雪姫はそちらを振り向いてから視線を灰色の足元へと落として声を返す。
その声が聞こえたかは不明だが、フェルゼアが本を片手に戻ってくれば二人がそれを見つめる。
フェルゼアは確認するように本をめくり目当てのページを暫く見つめて、雪姫を見下ろす。
「ちょっと、ごめんなさい。ピリッとするわよ?」
トン、と後ろに彼女の指が当たるのを見たとたん、雪姫の身体に静電気のような静かな、しかし若干痛い電流が走る。
「い……ッ!」
「ごめんなさいね。普通に聞こえるかしら?私は普通の声量で話しているけれど、耳は平気?」
電流が走って痛みの声を上げた後、雪姫に掛けられた声とその内容に雪姫は改めて自分の身体の異変に気づく。
自分の耳でも正常に聞き取れていた。
きょとんとフェルゼアを見上げると、彼女は安堵したように笑みを浮かべて。
「上手く行ったようね。さて、じゃぁ次はあんたと私よ?グラン」
「なんなんだ?」
「脳と耳に作用する一種の治療魔法。私は元からかけてるけど、念のため一応ね。
さ、いいから受けなさい。……あ。あとでバンガスにもするからね!」
「あいつにもか」
「幼馴染でしょ!」
「はぁ……分かったからさっさと頼む」
もう、とグランの返事にプリプリ怒りながらグランの手を掴んで。
グランが顔をしかめて、フェルゼアまでもが若干眉をひそめた。
「こんなだったかしら?…結構痛かったわね」
「ちょっとじゃないぞコレ」
「……存外弱いのね。痛みに」
「普通だ!……ぉ?あぁ、なるほど。こういうことか。結構便利だな」
「でしょ?魔法なら私にお任せよ」
得意げにするフェルゼアにハイハイとグランが軽く答え、雪姫はどうしたらよいのか分からないままその場に立ち尽くす。
「さて、そろそろ立てるかしら?セツキ。
元からあったほうの怪我の具合、見せてちょうだい。ついでに治したけど、治しそびれもあるかもだしね」
上体を起き上がらせているだけのセツキに顔を寄せてフェルゼアが柔らかく問いかけ、それに雪姫は目を見開いて自分の腕を見る。
ゆったりとした袖を捲くり上げ、痣だらけだった腕が白く戻っていることを見て唖然とした。
「驚いてる驚いてる。ちょっとごめんなさいね」
子供に言うように言ってから、フェルゼアが雪姫の身体を両手で掬い上げ、ゆっくりと立たせようとする。
夢でグランが滑り落としたりしていたがそういうことはせずに、あえて彼女から降りるように促していた。
雪姫は緩やかにきめ細かな巨人女性の手指に手をかけながらもゆっくりと座りなれてきた診察台に降り立った。
それと同時に、両腕を人形のようにフェルゼアにつままれ上に伸ばされたり、背中を指先で軽く押されながら撫でられたりと巨大な手指に蹂躙される。
嫌な気分だが、向こうが医者で命の恩人の片割れであるという事実が反発を抑制させていた。
「痛いところとかはなさそうね。よかったわ」
「……えぇ、おかげさまでね」
「さて、そうなると次の問題が出てくるわね」
「ん?」
「グラン。此方に彼女を生かそうと思って連れて来たまでは私も文句言わないけど……その後はどうするつもりだったのよ」
「後?」
「彼女にどこで暮らさせる予定だったの?ってことよ」
「…………悪い」
「あなたにそんな知恵があるとは思ってないから。まぁ予測どおりね。
さて、ねぇセ・ツ・キ・ちゃん?」
勝気な声とは裏腹についで響いた猫なで声にグランは呆れ顔をして、雪姫は身を奮わせる。
嫌な予感がひしひしとやってきていた。
「良かったら私の家でお泊りしない?で、その代わりに着てもらいたいものが何着かあるんだけど……」
「お前な……この間言ったよな?はっきり言ってセツキを好き勝手させるつもりは無いぞ?」
「じゃぁどうするのよ?はっきり言ってこの街じゃ人間のつかえるものは無いわよ?大抵が私達より小さめの獣人とかしか外からは来ないから、アレより小さなものなんてないし」
「そこは俺が工夫すれば何とかなるだろ。こいつは俺が連れて帰る」
「……ねぇ。私は貴方達のオモチャでもなんでもないんだけど?」
「分かってるわよ。ただ宿泊先の話だから、ね?」
「……子供じゃないわ」
フイッと顔をそらす雪姫に、小ささゆえに可愛いと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
そんな彼女をひょいっと無造作に慣れた手つきでつまみ上げ、グランは上着の胸ポケットにその小さな身体を滑り込ませる。
「ちょっと!!」
「お前に預けたら生きたお着替え人形にされそうだからな。こいつにとっても負担だ。文句無いだろ?」
ぐっと言葉に詰まるフェルゼアにグランは悪いな、と苦笑を返すと診察室から出て行った。
「遊び行ったりするときは絶対つれてきなさいよね!」
そんな声を背後に聞きながらグランはポケットから頭を出して周りを見る雪姫に小さく笑いかけ、再び自宅へと戻るのだった……
「「お兄ちゃん、お帰りー!」」
「……フェルに預けるべきだったか……こいつらの存在忘れてた……」
家に帰ったグランを出迎えたのは、普段だったら普通に言葉を返せる幼い双子の妹二人。
無邪気で愛らしいと周りからは評判もよい二人なのだが。
子供の無邪気は時として恐ろしいものである。
「何をフェル姉に預けるべきだったの?」
「なにー?」
「い、いや、なんでもない。俺は部屋に戻るぞ。細工の仕事も残ってるしな」
「「えー。ちょっと遊んでよ~」」
困った。
両手を妹に握られたグランは内心で冷や汗を流す。
ポケットの中に危険を察知して頭まですっぽりと自分から潜って隠れた雪姫も同様だった。
雪姫の中では、嫌な予感が胸や頭の中で渦巻く。
最悪なことに、彼女の嫌な予感は大抵、的中するのだから何かある、と僅かながら恐怖していた。
「あー、分かった。ちょっとだけだぞ。あとタックルはなしだ」
「「えー!タックルしないとお兄ちゃんの反応つまんない~!」」
「本当に息ぴったりだよなお前ら」
「「えへへ~!えいっ!!」」
「な゜ッ!?」
会話の最中に突然二人に後ろに回られ、膝かっくんをかまされる。
声をあげ、廊下に両腕を着いて雪姫を潰すことは免れたものの、反動でポケットから飛び出した雪姫は床で一度バウンドしてから少し先まで転がった。
あぁ。またフェルゼアの世話になりそうだ。そして怒られそうだ。
思わずそんな場違いなことを考えたグランは、ハッとして雪姫に手を伸ばしかけるが。
「何か出てきた!」
「お人形?」
左右から妹達が雪姫を挟むように立って、じっと見つめる。
雪姫は投げ出された痛みの所為で動けず、そして自分を見下ろすまだ未発達な巨人の二人を見てはいるものの刺激してはいけないと動くことはしていなかった。
顔を見合わせた二人はまた雪姫を見下ろして、一人が雪姫を無造作に握って持ち上げる。
「この子可愛いー!柔らかい!」
「アーリ!私も抱っこする!」
「後で貸したげるからユーリはまだだめ~!」
「あー、ずるいよ!今貸して!!」
双子の妹、雪姫を握るアーリと雪姫を欲しがるユーリが喧嘩を始めたことで、雪姫とグランはゾッとした。
細かなアクセサリーを細工する、小手先作業が得意なグランでさえ何回か締め上げかけた小さな身体だ。
下手をしたら殺されてしまう。
「おい、お前ら止めろ!そいつを返せ!兄ちゃんに今直ぐ!」
「ヤダ!私のだもん!」
「アーリずるい!!私もお人形好きなのに!!」
「だからお前ら止めろ!アーリ!!手を緩めろ!!」
「取られるからイヤ!!」
グランの制止も聞かずに双子は取り合いを続ける。
グランの声は魔法で調整されて聞こえるからいいが、至近距離から聞こえる双子の声ははっきり言って耳に痛く、雪姫の耳は耳鳴りを起こしていた。
どうやらこの魔法、互いに掛けられていなければ効果が無いらしいということを雪姫は遅ればせながら理解した。
そして極めつけは、興奮するたびに締め上げられる身体である。
「……ぅ……ッ」
「ッ!!お前ら、いい加減にしろ!!!」
ドッガァッ!!
「「ピッ!!」」
雪姫の僅かなうめきが聞こえたグランが背筋を粟立たせたあと、壁を思いっきり殴って双子に怒鳴りつける。
鳥のような悲鳴を上げて、双子は兄を改めて恐々と怯えた顔で見上げていた。
アーリの手の中では、雪姫がぐったりと小さな手に身体を預けている。
「アーリ。その手の中の人間をこっちに返せ。……今直ぐ!」
「え、にんげ……?」
「お人形じゃないの……?」
手を差し出したグランの言葉に、双子は顔を見合わせてから片割れの手に握られている雪姫を見下ろし、ぐったりとしているのを見て顔を青ざめさせる。
「「ご、ごめんなさぁい!!!」」
「さっさと返せ、声上げるな!!」
「「っ!!!」」
謝罪をする二人は良い子だと思うが、耳が痛い。
巨人三人の大声にさらされ続けた雪姫は、ようやっとグランの手に返却されたのだった。
「「セツキさん、さっきはごめんなさい」」
「……身体は痛いけど……仕方ないわよね。子供だし」
「本当にすまなかった……」
低いテーブルの上、何とか回復した雪姫はタオルの上に座っていた。
幼い双子に雪姫が人間でありこれから一緒に暮らすということを教えたグランは両脇に座る二人に深々と謝らせると、自身も謝罪する。
「お前ら、次あんなことやってたら俺はゲンコツするからな」
「「本当にごめんなさい!もうしません!!」」
「……脅し止めたら?多分しないでしょう。良い子そうだし。
それに、私は貴方達にはっきり言って干渉されたくないし。
他人は……自分以外は嫌いなのよ」
「はいはい。とりあえず挨拶は済ませたから、腹ごしらえするか。
朝から兄ちゃんいなくてお前ら何も食ってないだろ」
「「食べてない!」」
「じゃぁ作るぞ」
グランの一言で頷いた双子は立ち上がるとドタドタと走り去り、グランはそれを見送ってから雪姫にまた笑みを向けて手を差し出す。
雪姫はそれを見てから顔をしかめるが、グランがさらに手を伸ばすと、しぶしぶ立ち上がってその手に乗る。
「よしよし。じゃ、あらためて……よろしくな?」
「……好きにすればいいわ」
Act.02 新たな日常
(出来る限りのことはするから)
(何でこんなことになったのかしら)
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